2009年の終わりに

母の後見人として、裁判所に出す書類のためと、
どうしても静岡に行かなくてはならない用事があるのと、
宿六がすでに仕事納めになっていたので、序でに息抜きと、
SLに乗ったりして帰ってきた翌日、叔母が亡くなったと知らせが入りました。
実は、途中で危篤の報が入っていたので何度か連絡を取っていたのですが、
もう血圧も下がって、意識もないのだけれど、
小康状態を保っていると言うことでしたが、
そんな電話の直後に、亡くなったと、そして、その日のうちにお通夜、
翌日葬儀というのです。

8月に膵臓癌が見つかり、もはや打つ手はなく、余命3ヶ月の宣告。
大正14年生まれの叔父と2人暮らしでしたから、叔父の方も気掛かりです。

またまた新幹線で、岐阜の近くまで。

グリーン車

この時期ジパングは使えず、それどころかどれも満席。
何とかのぞみグリーン車に飛び乗りました。

お経本


ところ変われば何とやら、宗旨も東京では殆ど出会わない
東本願寺大谷派(おひがしさん)。
お~~~♪ い~~~♪
と引っ張るお経も珍しく、通夜は女性の導師様。
その後のお清めもこちらとは随分違ってて、戸惑うばかり。
用意して貰ったビジネスホテルに一泊して、
翌日は午後から葬儀です。

午前中の暇な時間を、と従兄弟が心配してくれましたが、
私は子どもの頃よく遊びに行っていた、祖母の家のあったあたりを、
1人訪ねてみることにしました。

駅の近くに交番はなく、役所の出先という案内所は、
歳末のこと故シャッターが下りていて、駅でだいたいの方角を訪ねたあとは、
こんな時こそiPhone頼りです。
勿論今はもうその家はなく、それでも似通った造りの家が,
そこここに残っていたりして、楽しい街歩きでした。

笠松

葬儀には、背の高い有髪の若い僧が通夜の時の女性僧を伴って入場しました。
見慣れない装束に、草履ではなくキンキラのスリッパを履いています。
控えの間の入り口に、それが並べられてたのを見た時には、
館内用に用意されてるのかと思ったのですが、そうではなかったのです。

そして位牌に日kれているのは、戒名ではなく法名だそうで、
何やら説明がありましたが、その中のという文字は、
苗字だそうで、私たちは皆お釈迦様の家族なので、この字が入るのだとか。
ふ~んと聞いていましたが、ビックリするばかりです。

このあとも、お棺を身近な男性で担ぐこともなく、僧も同行しないので、
お釜に入れる時のお経もお焼香もありません。
そして、手のひらに載るような小さい骨壺!

滅多に会うことのない親族に会い、互いの消息を交わしながら、
必死で看病してきた叔父の今後をみんなで心配します。
前日はまだ毅然としていましたが、葬儀の日には、流石に焦燥が見えました。
軍隊で鍛えられ、何でも自分でできる叔父ですが、
片腕をもがれた様という寂しさに耐えられるでしょうか。

初七日まで済ませて、帰京した私もボロボロ。
このあと1日しかない歳末に、何をしたらいいものか・・・

とにかくその日はまず寝たのですが、
翌朝の大晦日になっても、なんだか何も考えられず、何もやる気が出ず・・・

そして、朝刊を拡げたらそこには、枢機卿の逝去が報じられてました。

が~~~ん

日本のカトリック聖職者の中でもっとも高位にいらっしゃる方であはあっても、
長い間教区長として親しみを持って接してきた方ですから、ショックです。

それならなおさら、深夜ミサには与らなくてはと、
お正月の準備は、更に手抜きになりました




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プロフィール

chiara

Author:chiara
古稀を大分過ぎたというのに
まだドタバタドタバタ
8人家族のタベモノガカリ
iMac、MacBookAir
iPhone、iPad miniで遊び
時々地元点字図書館の音訳ボランティア
時々地元のまちづくりに顔を出す
建築学科出身のオバーサン
愛車ミニは'91年のキャブ車
今やペット化しつつあり
時々愚痴ります喘息&逆流性食道炎

画像満杯で逃げ出した旧宅は↓
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