そそっかしいのは治らなくて・・・

よりによって出掛けなきゃならない、沢山の人に会う朝に、
台所で床に落ちたものを拾おうとして、
思いっ切りテーブルの角に額をぶつけた。

みるみるうちに腫れてきたので、
ハンカチに保冷剤包んで鉢巻して冷やしたが、
痛みはなかなか和らぐ様子がない。
場所か場所だけにはっきり痣になったら嫌だなと思い、
出かけるまではそのままでいた。

朗読セミナーに行って、お昼過ぎに帰ってからも、
痛みは消えず、頭痛もしてきてちょっと心配になる。
しかし、頭痛なんて日常的にあることで、
まして眼圧にも一応不安を抱えているので、
必ずしもぶつけた所為ともいえず…
ああ、こんな時、頭がスケルトンになっていて、中が見えたらいいのに、
といつも思う。




朗読のセミナーは、漱石の「文鳥」。
昔、かなり夢中になって漱石の作品を片っ端から読んだ時期があったが、
ある時からピタッと読まなくなった。
きっかけが何であったか記憶にない。
いま、この作品も読んだことがあったようなないような?だけど、
(「夢十夜」の方はチャンと記憶があるのに・・・)

今回、「文鳥」を読んでみると、読み込むほどに漱石から遠ざかった訳が、
なんとなく分かったような気がしてきた。
文豪と呼ばれる人の人間味が出ていると、
好む人もいるのだろうけれど、
自分に映し、他人事ではないと思ってしまうから、
読むことに耐えられなくなってしまう。
それが文学の力というものかも知れないが、
作家とは斯くも自分をあからさまにしてしまうのか、とも思う。

そういえば、先頃川端康成の恋文が見つかってと言うニュースを見て、
我が家の中学生チビネエが、
こんなの公開されちゃってかわいそ〜、と言ってた。
「しかも、出すの止めた手紙でしょ〜」と。

そうよ、物書きになるにはそういう覚悟が出来なくちゃ!
と、昔のものを読むと思うのだが、
さて、最近の話題に上る本の作家たちはどうだろう?


朗読の先生は漱石になって読め、と仰る。
ということは、自分をそこに重ねるのとは違い、
丸ごと他の人になってしまうということであるなら、
難しいことなのかむしろ楽なことなのか…


寝るときになっても、頭の中は未だ痛い。。。


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古稀を大分過ぎたというのに
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時々地元点字図書館の音訳ボランティア
時々地元のまちづくりに顔を出す
建築学科出身のオバーサン
愛車ミニは'91年のキャブ車
今やペット化しつつあり
時々愚痴ります喘息&逆流性食道炎

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